飯豊・胎内川東俣沢本源沢
2006年8月3日〜5日
矢本和彦 須田忠明
記録=矢本和彦

今年の夏合宿は待望の胎内川となった。私がわらじに入って9回目の夏合宿となったが、過去8回のうち6回は飯豊で行われてきた。残る2回は越後と朝日だった。そもそも私がわらじに入会したのは、「飯豊の沢」への憧れだったのであり、それが気がついてみるといつの間にか飯豊川洗濯沢、前川御鏡沢、玉川大又沢本社ノ沢、大石川東俣川千代吉沢、玉川桧山沢駒形沢、内ノ倉川(中退・皆口沢)を溯っていた。こうなると、主要な水系で溯っていないのは胎内川であり、ダム建設の工事も進んでいることは聞いていたので、早めに行かなければと思っていたのだ。
当初、淳さんの前川パーティーへの参加の話もあったが、その後、須田さんの腰痛の具合も何とか良くなり、それならばということで胎内川パーティーが編成された。一昨年、吉原さんが大黒沢を溯っていたので、我々は3泊4日プラス予備1日という日程で恵比寿沢を遡行する計画にした。
長かった今年の梅雨は、関東で7月末に明け、東北では入渓日の前日にようやく明けてくれた。梅雨明け10日というが、天気予報からもしばらくは安定した天候が続くことが分かり、悪天、増水の恐怖は遠のいた。ただ、今年の冬、飯豊はかなり雪が降ったとの情報もあり、雪渓への心配はあったが、こればっかりは行ってみないと分からなかった。

8月3日
ムーンライトを使って朝一の快速を中条で降り、タクシー(7800円)で胎内ヒュッテに行った。続いて足ノ松登山口へ行くマイクロ便(300円)に乗せてもらい、ダム工事用のトンネルへと続く橋のところで降ろしてもらう。トンネル入口は鉄製の門で閉められていて、ちょっと越えられそうになかった。しかし、よく観察すると観音開きの門を締めている鎖の錠が緩く、閂を抜いて門を開くと、人一人分の隙間からトンネルへと入ることができた。私たちがトンネルを抜けると、すぐにダム工事車両が到着して、トンネルの門を開けていた。ほどなく何台も車が脇を抜けて行った。私たちは工事用の仮橋を渡ったところから胎内川の左岸へと藪をつたって降りた。
最初から幅15〜20mほどのゴルジュ状だが、沢に入ると圧倒的な水圧でちょっと行く気になれない。左岸沿いに巻道があり、ワンポイントの高巻かなと思っていたらどんどんと巻き上がり、楢ノ木沢出合まで行ってしまった。しかし、そこも水量が多そうなので入渓する気になれず、どうせ先で時間がかかるからと作四郎沢出合まで道を使う。そして、作四郎沢の出合から入渓してみたが、まだ水量が多く、すぐに左岸の巻道に上がって、薬研沢の手前まで巻くことになった。
薬研沢からいよいよ遡行開始、強い流れの中、スクラムを組んで進む。ここが浦島だろう。強い流れに、私は須田さんのザックにしがみつき、何とか後ろから進むこともしばしば。ここは自分がトップなら進行を躊躇するところだ。背の低い人にはちょっと無理ではないかと思った。私の緩いスパッツは終始足首のところに下がりっぱなしで、かえって抵抗となった。
ゴルジュを抜けると河原となり、せんの木沢が4段20mの滝となって合わさる。左岸にトンネルそっくりな面白い雪渓があった。団子河原で須田さんは竿を出したが残念ながら釣果はなかった。間もなく、長兵沢衛沢、西俣沢と出合う。時間は早いが、幕場が心配だったので相談すると、須田さんは何とかなるでしょうとのことで、行く気満々。
10m魚止滝を越えると、渓は一層美しくなる。が、すぐに雪渓が現れ右岸から高巻いて懸垂で沢に戻る。この先に楽しみにしていた堰堤状の滝があった。滝の飛沫に虹がかかり見事であった。右のカンテ状に残置ハーケンがある。続いて、またもや20mほどの雪渓がかかり、奥に6mほどの滝がかかっている。須田さんがトップで突入。滝の右壁を登るが、どろどろで気味が悪かった。6m滝の上に出ると、巨岩の手前に砂の台地があり、15:30だったので、幕場適地かなとも思った。
その奥には12m滝が見えた。登れるのかなぁ…、一見して、右岸・左岸とも高巻きはよさそうではない。しかし、滝の直下に立つと右壁から落口に左上するルートが見えた。何かはまりそうな気配…。須田さんのリードで抜け、荷揚げする。傾斜はあるが、スタンス、ホールドとも安定している。続いて、またまた雪渓、中は真っ暗で先が見えないので、右岸から雪渓の際に抜けることにして、矢本リードで登るが垂直の泥壁となって、すぐに戻って須田さんとトップを変わる。ビレーをしていると、雪渓からの冷たい風がビュービューと当たり寒い。悪いトラバースに須田さんがロープを伸ばす。垂直の泥壁をちょろブッシュを頼りに抜けると、その後、ロープは順調に伸びた。続いて矢本が登る。泥壁は、ブッシュを頼りにして、一瞬だけ雪渓に足を乗せて通過した。ロープは雪渓の上へと続き、上の方で須田さんがビレーしているのが見えた。そこは、一ノ沢の出合に堆積した雪渓の上で、上流を見るとさらに雪渓か断続していた。雪渓の端はシュルントになっていて、側壁に移ることはできなかった。ちょっと絶望的は雰囲気。ここで泊まるのか、戻るのか。明日どうするのか。雪渓の下を行ってみるか、それとも大高巻するのか。日が陰っていく中、やはり、先ほどの幕営適地に戻って泊まり、明日は大高巻するしかないとの結論に至った。
元来た雪渓の下に戻り、12m滝は残置ハーケンとハーケン1枚を打ち足して、懸垂下降で降りた。18:45、さっきの大岩の陰の台地でツエルトを張り、焚き火を起こす。薪は豊富にあり、かつ乾燥していて、簡単に火がついた。はまりはしたが、まだ初日だったので心理的には少しはゆとりだった。

8月4日
当初、高巻に3時間はかかるだろうと踏んで、水を汲んだ。幕場のすぐ右岸側にあるルンゼから露岩をたどり藪に入って高巻を開始する。一部トラバースが悪く、お助け紐を使って、須田さんが抜ける。一ノ沢の右岸尾根を1時間くらい登ると沢床が近づき、沢を横切り左岸の尾根に移る。尾根の右側はすっぱりと切れ落ち、十字峡を雪渓が埋めているのが見える。雪渓に下りても、シュルントで側壁に移れそうもなく、さらに絶望的な気持になる。炎天下、さらに2時間半急な藪尾根を登り、標高900m位の地点に出た。この先、よい方策というのもまったく考えつかなかったが、水もないのでこのままこの尾根を登ることもできず、一旦、二ノ沢に下降して、二ノ沢から十字峡の様子を伺うか、無理そうなら二ノ沢を遡行して滝沢峰にエスケープするしかないのかなあということになった。急な斜面を、藪を頼りに、東に向かって二ノ沢右俣へと下降した。すると、何とか、懸垂することもなく二ノ沢右俣に降り立つことができた。このころから、もう一つ尾根を越えて本源沢に入った方が、よいのではないかという気になってきた。地形図で見ると二ノ沢左俣の750m付近から少し登って尾根を越えれば本源沢へと容易に降りられそうな気がする。
二ノ沢を二俣まで下降し、右俣をちょっと登ったところから涸れたルンゼに入ると、予想以上簡単に830m付近の尾根上へと登ることができた。そして、本源沢へと藪を頼りに下降し、最後、須田さんのルートファインディングで懸垂なしで沢へと降りることができた。いやはや、疲れた。ここまで、6時間15分を要していた。
少し休んで、すぐ階段状の小滝を越えると、30m大滝となった。右壁が登れるとなっている。須田さん、空身で滝の水流右に取り付いたが、上部が悪く、ロアダウンで降りてきた。「またやっちゃった〜!」といいながら、今度はルンゼに取り付いて登っていった。続いて私が登るが、垂直の泥壁で、太い枝が何本も垂れているので難しくはないが、足場がツルツルで、ものすごい奮闘を要し、腕パンプ寸前、最大の核心部であった。甘く見ると、しょっぱい思いをするということのようだ。須田さんは残置したハーケンをトップロープで回収した。
この後は、これといった滝はなく、単なる沢となった。階段状に石を踏んでいると、額から汗が流れ出てくる。兎に角、暑い。二俣を、右、右へと進み、1050m付近で幕とする。整地をして、薪を集め、惰眠をむさぼり、陽射しが陰るのを待ち、食事の用意をする。夜もまったく寒くなかった。
 
8月5日
忠実に沢筋を詰めていくと、水が突然涸れ、右の岩の間から水が溢れ出していた。ここで、水を2.5L汲んでポカリを入れた。恐らく、これから大変な下山になることが、容易に予想できた。
そこから涸れたルンゼを30分ほどで地塘のある源頭へと詰め上げた。少し休んで出発しようとしたが、磁石と地図を見ると方向が逆になっている。詰め上げた地形が、最後、クルンと巻き込んで向きを変えていたのだ。木に登って地形を再度確認し、沢を少し戻ると、昔の踏み跡らしきものが現れた。
胎内尾根の登山道はもうなくなって、藪と化していると思っていただけに、踏み後があるだけで嬉しかった。確かに、藪で覆われているところも多く、充分とはいえないが、まったく踏み跡がないことに比べれば、天と地ほどの差があると思えた。道形があったお陰でほとんど迷うことなく歩くことができた。新しい鉈目も多く見られたから、たまに人が入っているのだろうか。池平峰を越えれば道はかなりはっきりとなる。しかし、暑かった。汗全開、30分おきに休憩し、お昼寝タイムも設けた。水も飲み干した。この下山が核心でもあった。胎内尾根の末端にある釣橋は壊れていて渡れなかった。橋の脇から降りて徒渉したが、ついでに沢で泳いで体を冷ました。このとき、アブの出迎えを受けたが、沢ではアブに全く会わなかった。
しかし、いくつかのルートガイドに胎内尾根の下山4時間とあるが、これはいくら何でも短すぎではないかと思う。いろいろ状況があるのだろうが。我々は、下山に約7時間を要してしまった。(これは、のんびりし過ぎたからか?)
とってもきれいな胎内ヒュッテでお風呂に入り(600円)、16:10発の市営バス(1500円)で中条駅に戻り、帰京した。運転手さんの話では、工事中の奥胎内ダムが完成するのは予算的な問題で10年先ではないかとのことであった。こうして、藪と戦った暑い夏合宿は無事に終わった。次は、長走川か裏川か、それとも頼母木か内ノ倉か、飯豊の渓谷は病み付きだ。

〈コースタイム〉
8月3日
中条駅6:00〜胎内ヒュッテ〜トンネル7:00〜仮橋下7:30〜作四郎沢出合9:25〜薬研沢出合10:00〜せんの木沢11:30〜長兵衛沢出合13:10〜12m滝15:30〜一ノ沢出合雪渓上〜12m滝下18:45
8月4日
5:10〜一ノ沢左岸尾根900m付近8:40〜二ノ沢左俣9:40〜二ノ沢左岸尾根830m付近10:40〜本源沢11:25〜30m大滝上12:50〜1050m付近14:30
8月5日
5:10〜稜線6:20〜滝沢峰8:25〜池平峰11:45〜見晴台(585m)13:30〜胎内ヒュッテ14:30〜中条駅17:00



中流部ゴルジュ

 



一ノ沢出合の雪渓上から

 



本源沢30m大滝右壁に取り付いたが…