戸隠・高妻山東面高妻沢

2008年2月1日〜2日
矢本和彦・新潟稜友会(須藤・佐藤)・山好会(吉田・植竹・二上)
記録=矢本和彦

 今年で3回目の参加となった戸隠パウダーキャンプ(ぶなの会・三浦さん主宰)、今年は念願であった高妻山東面高妻沢を滑ることができた。

 前夜、矢本車にて宮内家を経由し、関越から上信越道で信濃町インターを降りる。18号線を少し南下してコンビニにて買い物、奥社を目指す。矢本車は、1300tのワゴンRに3名乗車し荷物満載の状態だ。坂を登れるか大変心配であったが、何とかギリギリ走って、ロッジにたどり着いた。新潟稜友会が先着し、雪かきをしてくれていた。その後、山好会、トマ、ぶなも相次いで到着。ロッジの玄関が開いたのは1時過ぎ。その夜は、再会を祝って軽く飲んだので、寝たのは2時過ぎだった。

2月1日

 何時に起きたか分からないが、朝飯を食べて、準備をし、大橋を出発したのは7時過ぎだと思う。駐車場から佐渡山のコルに向かうが、3年連続で5度目の道だ。歩きながら今日の行動を相談する。土曜日は天気が良く、日曜日は南岸低気圧が発生し全国的に崩れる予報だったので、高妻に行くとするとこの日しかない。当初、氷沢川の源頭から2297mピークへの尾根を上がり、様子を見て高妻に登るか乙妻にするか考えるという計画を変更し、佐渡山のコルを降りてから2053mピーク経由で高妻に登ることにする。シーハイルの堀米さんの情報では、2297mから高妻に登るとロープが必要な個所があるとのこと、2053mピーク経由ならスキーで行けるとのことだ。このルートから高妻を目指すのは、新潟稜友会の須藤さん、佐藤さん、山好会の吉田さん、植竹さん、二上さん、そして私の計6名となった。宮内さんと徹さんはトマとともに乙妻山に行くということで、佐渡山のコルで別れた。すると、そのとき、後から堀米さんが追い付いてきた。少し話をしたが、ここまで来てまだルートは決まっていないとのことであったが、2年連続で高妻を滑っているから今年は乙妻に行くような感じだった。
 その間に、須藤さんは先頭で黙々とラッセルをして高度を上げていった。一人でラッセルするかのような勢いだ。私は途中で用を足し、かなり遅れてから合流した。1826mピークを経由し、2053mピークの直下は傾斜が強く、アイスバーン状の表面に雪が薄く積もった感じで板が滑るので、スキーを脱いでツボ足で急斜面を登った。13時、交信時間となり、トマパーティはこれから乙妻山北東面を滑るという。我々は、ここで意外と時間を食ってしまい、高妻山頂に到着したのが14時となってしまった。
 遅くなったが、風もなく高曇りで安定し、遠く富士山、槍ケ岳なども見渡すことができた。交信でトマはもう滑りきってシールをつける状況とのこと。我々は、14時30分に滑降開始し、年齢順に滑り降りた。高妻山頂のわずか北側から、少し開けた雪面めがけて滑り下りる。思ったより傾斜は強くない。1、2ターンして右手の藪に入り、薮を抜けて、まっすぐ降りると見事な大斜面が開ける。アイスバーンぽい上に新雪がたまっているので気をつけないとスピードが出てしまい、それを止めようと制動をかけると表層雪崩を誘発してしまう。実際に事故が起こるというほどのものではなかったが、誰かが上部で急停止した際、勢いで小雪崩が発生し、早い速度で谷筋を流れた。
 快適な斜面はしばらく続いたが、やがて狭い沢沿いの形状となり、滝が露出しているところが2か所あった。いずれも左岸から横滑り等でかわした。下部へ行くほど雪の締まりがなくなり、私の短い板では普通に滑っていてもトップが沈んで刺さってしまい、頭から転んでしまうような状況となり、少々手こずった。結局、尾根末端までスキーでは行けず、途中でシールをつけて右岸を巻いて2297mピークへの尾根末端にたどりついた。トマパーティはこのときまで佐渡山のコルで私達のために待機していてくれた。
 私は、私の車が邪魔で他の車が出られないのではないかとか、宮内さんと徹さんが移動できないのではないかというのが心配で、一緒に滑った5名とは別れて一人で大橋へと急いだ。私が17時15分に大橋に着くと、皆の姿はなく、車のワイパーに「16:46発、温泉で待つ」と記されたメモが挟まれていた。
 その夜は、食事の後に自己紹介をし、各自が持ち寄った写真等をスライド上映したが、そのころ私は睡魔に襲われ、持参した写真を保存したUSBをポケットに入れたまま、起き上がれなかった。




2月2日

 予報どおり天気は悪く雪が降っていた。気温が高く、びしょ濡れになりそうな雪だ。この日は、予定どおり、五地蔵山に登ることにして大橋に行ったが、後から戸隠キャンプ場から行った方がいいということで、キャンプ場に車を移動した。すると皆、五地蔵に登るということで、総勢21名もが集まった。これまた堀米さんの情報で大洞川の北側の1347mピークを経由する尾根が最近登られているとのことで、みんなで登ってはみたが、この尾根は傾斜が強くてラッセルが大変で、シールが滑ってしまい、スキーの登路としては勧められないような気がした。
 1596mピークに着くと他パーティのトレースがあり、それを辿って私たちも山頂を目指した。やがて、ラッセルしていた地元らしき4、5人のパーティと合流し、13時ころ山頂到着となった。少し休むと、そのパーティは私たちに先を越されないようにと先を急ぐように南東斜面に入って行った。私たちは、斜面は昨日の様子からアイスバーンの上に新雪が載っている状況なので、このような大人数ではとてもじゃないが危険だとの判断で、来た道を戻ることにした。全員で記念撮影後、わらじとトマの7名は最初の急な部分をツボ足で降りることにする。すると、その途中で、まだ登っている牧野さんの姿が現れた。全員が揃っていなかったのだ。その後、スキーを履いて7名で薮を縫って1596mピークに戻って、しばらく、皆の到着を待ったが、誰も降りてこない。別の谷を降りたのかと思って、私たちは1347mピークのある尾根の東側の沢を滑って降り、登りのトレースに合流して車に戻った。私たちが駐車場に着くと、すぐに三浦さん、堀米さんたちも駐車場に現れた。私達のトレースを見失って、沢を下りすぎて登りかえしたと言っていた。その後、どこをどうやって降りたのか聞かなかったが、大きな時間差なく全パーティが下山したわけだ。
 その後、神告温泉で汗を流し、帰路についたが、大雪と路面凍結で上信越道は大渋滞だった。