妙高・前山スキー

2010年1月9日〜10日
L.遠藤徹・宮内幸男・渕上麻衣子
記録=遠藤 徹

 近年、目に付く言葉にバックカントリースキーがある。その言葉の響きに私のような古い考えの人間は馴染みにくい。なぜならば山スキーのイメージからは一線を画した斬新さが窺われるので、なんだか少し悔しい。明瞭な相違点はスタイルであろう。前者は洗練された最新のデザインと機能を併せ持つウェアーとザックだが、後者は合羽に毛の生えた上下単色ヤッケにゲレンデには無粋なロングスパッツを上から巻いている。形態もスキー場のリフトで上がってドロップインのポイントまでハイクアップとか言う、いかにも軽快なセリフはバックカントリースキー特有の言い回しだ。これに比べると歩行重視の足入れの浅い靴で登っては重装備に転げまわり、華やかなゲレンデにリフト待ちなどしている山スキー屋はどこから見てもスマートではない。

 今週も宮内さんを誘った。1回目の勧誘では断られた。二回目の勧誘で乗ってきた。2回目の勧誘に「白濁の燕温泉の素泊まり宿を押えたよ」が魅力に映ったこともあるだろうが、1回目と2回目のあいだに他に計画がなにも結実しなかった要因が大きいのだろう。この3連休、トマの佐貫さんたちが下田に入ると聞いていたので、てっきり佐貫さんたちに頼み込んでまた遊んでもらうのかと思っていたのだが、代表の沽券にかけて「困ったときのトマ頼み」というわけにも行かない意地があるらしい。

 前夜、信濃町のインターを降り、黒姫の駅を訪ねるが閉められており、古間の無人駅に泊まる。翌朝の始発で赤倉のスキー場で働いていると言うおばちゃんに起こされた。「これからどこへ行く?」と尋ねられ、麻衣ちゃんが赤倉スキー場へ行きますと答えると「なんでここにいるのか」と不思議そうな顔つきで聞いてきた。やはり、いい年をした大人が真冬に無人駅で泊まることなど一般の人には考えられないのだろう。
 ゲレンデで始発のゴンドラを待っていたら、明らかに山スキー屋さんと思しき風体の団体がすでに並んでいた。ゲレンデの一番上までリフトを乗り継ぐと、その10人のパーティが先行して出発するところであった。トレースに続いてブナ林からダケカンバの疎林帯を登っていく。この斜面、下りもなかなか楽しそうだ。途中、ラッセルを交代しますよと声をかけたが先頭の3人くらいの方が交代でラッセルしており、代わることなく稜線に辿り着いてしまった。反対側の妙高山のスロープがうっすらと見えるが山頂付近は厚い雪雲に覆われていた。地図では広く見えるのだがゲレンデ側には小さな雪庇もできる細い稜線を前山に向かう。ほんの少しの登高で前山に到着し合計13人で腰を降ろす。
 いきなり私がシールを剥がし始めると、麻衣ちゃんが驚いて「え〜っ?ここが前山の頂上ですか?」と、あまりのあっけない登りに肩透かしを食らった様子だ。小休止のあと先行の10人が滑り終わるのを待って、滝沢尾根の上部斜面に飛び込んだ。雪質はいいのだがコースが狭く、後続の二人はやや難渋していた。尾根が広くなって楽しくなってきたかと思う間も無く、今度はルートが怪しくなってくる。小さな沢筋が入り込み、現在地が判然としない。おまけに藪も混んできた。先行パーティも確たる自信がある様子でもなく、我々は独自でルートを見定めることにした。
 宮内さんは「もっと右だ、右」麻衣ちゃんから「右は大きな谷でーす」。チンケな尾根に右往左往する。えーい、面倒くせぇ。このまま下っちまえ。藪を避けながらお世辞にも快適とは言えない斜面を下っていくと、小さな沢の登り返しをさせられ、やがて枝沢の源頭のような扇状の急斜面に出くわした。下を見下ろすと、先行の10人が沢沿いに進むところで「その先、行けますかぁー」などとやっているではないか。あんなところへは行きたくない。扇状の急斜面をトラばって右岸の尾根を目指そうと私が先頭を滑り始めた瞬間、バランスを失いひっくり返った。なすすべもなく急斜面をゴロンゴロン転がってしまった。見上げるとどうやら滝状の段差を落ちて来てしまったらしい。上からは大丈夫か。などと心配する声もかけてくれない。仕方なく全身の雪を払い、安定した場所まで下りシールを貼って斜めに登り始めた。ヤレヤレである。
 尾根に出ると初めて赤布を見出し、やはり左に寄りすぎていたことが判った。やがて先ほどの谷の下流部に堰堤が続くのが見える。対岸の突起状の小山を目印に沢を渡り対岸のコル状に出る。この渡渉箇所はあらかじめネットで記録を検索した時の写真を見て覚えていた。コルから林道と思しき切開きを辿り、適当な所から左上のゲレンデに登った。このコースは終始、近くのゲレンデから音楽が聞こえているのでルートを外していても悲壮感がなく、その分やけくそになって、どこをどう滑ってもゲレンデに出るだろう、などと安易な気持ちで入り込むと痛い目に遭う。ゲレンデに出ると俄然麻衣ちゃんが輝き始めた。ここ数年、ゲレンデに入れ込んでめっきり上達したのだ。コンビニでビールを仕入れて、燕温泉に向かう。途中、関温泉の休暇村に立ち寄り、明日の神奈山への取り付きを下見する。明日はゲレンデから上がるのではないので、しっかりラッセルさせられそうだ。この夜は筆舌に尽くしがたい快適な一夜であった。源泉掛け流しとは、なぜ、あれほどまでに勿体無く感じるのだろう。多分、私の貧乏性な性分が働くのだろうけれど、どこの温泉でも立ち去ってからの数時間、あるいは数日間は「まだ今もあの湯は流れ続けているのか」と心が裂けるように苛まれるのは私だけなのだろうか。
 明けて日曜日、暗いうちから起きてやる気満々であったが、またしても天気が悪すぎた。麻衣ちゃんの車には40センチの新雪が乗っかって、狂ったように大量の雪が降り続けている。私の妻の実家がある新潟県の村上では、「ドカドカ降る」でもなく「ボンボン降る」でもなく「もつもつ降る」と言う。どういう語源か知らないが、いかにも「もっつもっつ降る」がぴったりの大雪だ。宮内さんから「これで行くのぉ」と出てしまう。
 予定の神奈山は中止して黒姫のゲレンデでお茶を濁し、貴重な3連休を終えてしまった。こちらのほうが、今想えば勿体無い話でした。