白鳥山でトマと大変なことになった
後立山連峰・上路〜白鳥山

2010年2月20日〜21日
L遠藤徹・渕上麻衣子/鈴木孝昇・佐貫悦子(童人トマの風)
記:遠藤 徹

 私の残業のせいで、都内からの出発は深夜になった。鈴木さんと麻衣ちゃんは後部座席で寝息を立てている。私はハンドルを握る佐貫さんに申し訳ないと堪えていたのだが、どうにも眠い。車内は鈴木さんの暮らす大泉学園を出発してからずっと、春日八郎、フランク永井、石原裕次郎と懐メロDVDがかかりっ放しである。どうやら鈴木さんの車は演歌歌謡曲のDVDがフルタイムで回っているみたいである。上信越道に入っても千昌夫、都はるみ、黛ジュンと続く。私はひたすら睡魔と闘いながら懐かしのメロディーにまどろんでいた。石川さゆり、クールファイブ、美空ひばりと曲目は一切手を緩めない。瞬間ふと意識が遠のく。「いけない眠ってしまった」と横を見ると、佐貫さんが「お袋さんよぉ♪〜」と口ずさみ、森進一に併せてこぶしを回している所であった。
 ほとんど明け方近く、トマの定宿と案内されたのは能生駅前にある自転車置き場であった。これもまた渋い! テントを張って軽く飲んでから寝る。翌朝というか、ゆっくり8時ころに起きて、車はマリンドリーム能生に横付けされた。私と麻衣ちゃんはあっけにとられながらなされるがままについて行く。店頭に並ぶ激安のズワイガニや甘エビやノドグロや地蛸に気をとられていたら「あった、あった」と佐貫さんは満足げに「泥エビ」なる見た目うす汚いエビを一皿買い込んだ。一連の動きに無駄はなく、もうすっかり慣れているトマの北陸方面山行形態に返す言葉もない。
 やっと8号線を親不知に向う。右手に逆巻く冬の日本海、車内は八代亜紀、五木ひろし、北島三郎と続く。もうどうにでもして下さい。やがて懐かしい大平川に沿って車は雪深い上路の集落に到着した。

 シールを貼って出発の準備を進めるが、私の頭の中では島倉千代子が繰り返し流れており、山行モードへの切り替えが難しい。4人でいろいろ登路を持ち寄ったが、トレースもあることから定石通り神社から品谷の左岸尾根を登り始める。天気はしばらく陽が差していたが、やがて厚い雪雲に覆われ下り坂となる。時折、突風が吹き抜け、先行者のトレースが消えてしまう。すでに昼を回っているので小屋に入るとなると強行軍になり、今回の親睦山行にふさわしくない。621mにいいテン場を見出し、時間も早いがここをベースに明日軽い荷物で往復することにした。
 その晩は初めて食べる泥エビの甘さに驚嘆し、佐貫さんの手料理に舌鼓。ビールに日本酒にワインにブランデーとこの世の幸せを噛み締めた。酒の肴はもっぱら宮内さんと手嶋さんであった。更け行く夜も忘れ盛り上がった、盛り上がった。
 日曜日、会で新調したエスパースを汚物で汚すこともなく、無事に朝を迎える。幸い翌日は雲ひとつない好天に恵まれた。不要な荷物をデポし6時過ぎに出発する。目の前に立ちはだかる881mへの急登は麻衣ちゃんが先頭で快適なラッセルを飛ばす。やがて左手の栂海新道の山影から朝日が昇る。振り返れば群青色の大海原が見える。素晴らしい景観が広がり4人は歓喜の雄叫びを抑えられない。品谷側に発達する小さな雪庇を避けながら快適に高度を上げる。朝日に染まって行く品谷源頭部に広がる疎林の大斜面は垂涎ものだ。
 遠く山頂に前日のトレースの主であると思われる人影が小屋から出発するのが見えた。佐貫さんが「こんなパウダーなのに残念」と下りのルートが重なることを心配したが、それは杞憂であった。白鳥山の懐は想像以上に広いのだ。やがて右手前方にどっしりと存在感のある山姿が現れた。初雪山である。いい山だ。ほどなく県境の主稜線に登り詰めると北アルプスの山波が押し寄せてきた。山頂の小屋までは指呼の距離であるが各々展望を愉しみながらゆっくりと歩みを進める。小屋の2階で小休止していると、鈴木さんが「遠藤さん、山頂ビールって知ってますか」と、これまた嬉しい提案。4人で1本を回し飲みしたが途方もなく旨かった。チーズとワインをベースに置いてきた事が悔やまれる。
 シールを剥がし記念撮影を終えて、いよいよ滑降である。山頂から200mほど戻った地点からボウル状の斜面に飛び込んだ。雪質は大トロ。新雪深雪は1月と2月が旬で、今年のような積雪量に恵まれてもチャンスはほんの僅かだ。どんなにたくさん降り積もった雪でもまるで鰯の刺身のように傷みやすい。いつの日か片栗粉のような深雪に出会いたいと願っている。登路の尾根に向ってトラバース気味に美味しそうな斜面をつなげた。登りで一服した882mの手前へシールを付けて僅かに登り返し、ベースまでもうひと滑りを楽しんだ。視界が利かないとここは711m方面への尾根に迷い込みやすいだろう。ベースに戻ってワインとチーズで祝杯を挙げた。
 いつまでも飲み続けていたいが重い荷物を担いで重い腰を上げる。車まで戻る下部ではすっかり重い雪に変わっていた。足腰が辛くなる頃、下部の杉林から神社の横を滑り、昼過ぎに車へと帰着する。白鳥山は充分に日帰り可能なので、当初の計画では2日目を空沢山か放山を考えていたが、今回のようにゆっくり2日をかけたおかげで運良く天候と雪質に恵まれた。
 車に乗り込んでしばらくすると、突然佐貫さんが「ジュリー」と身悶えながら叫ぶ。そうか帰りも続くのか。山口百恵、キャンディーズ、中森明菜。往路よりだいぶ年代が若くなってきたようだ。それでもリアルタイムでは麻衣ちゃんの知らない世界らしい。かぐや姫、サザン、矢沢永吉。なんでもこなす音大卒の麻衣ちゃんと歌いながら休みなしで運転する。鈴木さんから「いいでしょう昭和のアイドル。もう、すっかり白鳥山の印象がなくなってるでしょう」と言われるまで、私は午前中まで雪山にいたことを忘れてしまっていた。
写真上から:白鳥山への登り/トマのおふたり/問題の泥エビ/新雪の斜面を滑る