皆瀬川虎毛沢左俣から春川西ノ俣沢下降

2010年9月18日〜20日
L遠藤徹・宮内幸男・須藤功・佐藤千衣子

 7月の焼石に続いて、懲りずに「宮城岩手内陸地震」の影響が残るこの山域に計画を立てた。
 首都圏からの玄関口とされる築館から温湯温泉経由で花山峠に至る398号線は大きな被害を被り長い間通行不能とされていた。仕方がないので一関から須川温泉を経てアプローチしようと考えた。集会で大津に話すと、「そのルートでも須川温泉へは通行止めと聞いているから確かめたほうがいい」と言われたので現地に問い合わせてみると、須川温泉への復旧は6月だったので現在は通れるとの事であった。期せずして398号線の復旧もちょうどこの連休からだと教えてもらい、ならば遠回りする必要もないと喜んでみたが、我々の入る9月18日の午前中に開通記念式典があり、通れるのは午後からと聞き及び諦めざる得なかった。
 前夜は午前2時頃、一関を降りた先にある道の駅でテントを張って寝た。翌朝、栗駒山を乗り越えて花山峠手前から皆瀬川へ下る田代沢林道に分け入る。林道の入り口は注意しないと通り過ぎてしまうが小さな標識がある。ところが猛暑が続き異常気象となった今年の東北地方では、雨が多く、心配していたとおりいくらも進まないうち枝沢からの出水で土砂が林道を塞いでいた。このルート、アプローチを短縮しようと試みた事前調査の賜物であったが、予定通り辿ることが出来ず徒労に終わってしまった。仕方なく降りて来た林道を戻り大湯へ回りこみ車を停めて皆瀬川に沿って山道を進んだ。 こちらのルートも林道は崩壊しており最奥の駐車場までは入れなかった。途中にある「この橋は危険なので絶対に渡るな」の橋を恐る恐る渡って虎毛沢との二俣まで2時間ほど歩く。途中ではトチの高木が多く見られ、地面には夥しい数の実が転がっていた。時折、落下するトチの実に用心しながら歩くが、先頭の須藤さんからは早速悲鳴が聞こえていた。ここはヘルメットを着用してウケを狙う所だろう。
 虎毛沢に入ってしばらくは河原ばかりだ。赤湯又の出合にかかる滝までは平凡な渓相であるが、虎毛沢の中流以降ではナメの絶景が続く。今回は須藤さんが釣りを楽しみにしていたので、途中の釜で「釣タイム」とする。宮内さんも何年ぶりかに自前の竿を伸ばしていた。私は20年以上、宮内さんと沢登りをしているが、宮内さんの釣り姿は初めて見た。もとよりウチの会では釣りを嗜好する人間は少なかった。誰かが釣ってくれば喜んで食べさせてもらうが、わざわざ釣竿を持って行こうとはしない。
 亡くなった矢本が、「釣り屋さんはゴミを捨てて帰るから嫌いだ」と話していた。全ての釣り屋さんがそうだとは決め付けたくないが、押しなべてその嫌いはあるように私にも思える。山菜やきのこ狩りも同じだが、収穫に目的があって山に入る人たちには、自分たちの足跡を残しても気にならないのだろうか。
 虎毛の山頂に向う右俣との分岐まで進みたかったが、秋のつるべ落としとはよく言ったもので、とうとう美しいナメ帯の中で薄暗くなってきた。ナメを抜けた左岸に泊まり場を求める。夕餉の時刻より小雨にたたられる。
どこまでも続く虎毛沢のナメ虎毛沢のアプローチ


 天場から二俣まで1時間程度の場所だろうと地図から憶測していたが、翌朝ぴったり1時間で二俣に到着した。左俣も小滝が続き楽しいところだ。幾つかの枝沢を確認しながら読図に勤め、957mの南西のコルを目指した。驚いたことに最後の詰めまでナメが続き、あたかも導かれるようにコルに着いた。辺りはブナの美しい森が優しく広がっている。静かな雪が積もる厳冬期に訪れてみたい雰囲気がある。
 そのまま、コルからおもむろに反対側に下った。すぐに水流が現れ、ルンゼ状のガラガラしたヤブ沢を下ると左岸から、より水量の豊富な枝沢が合わさる。とりたてて困難もなく下ると空間が広がり足元に大滝を確認する。右岸の枝沢を乗り越えて巻くが、途中から傾斜もあるため15m程の懸垂で両門の岩のようなところをくぐって滝下に降りた。やがて聞きしに勝る西ノ俣沢のナメ帯を迎えるが、時折り真っ平らなナメに段差のような小滝が懸かり、その都度ヤブを掴んだり、滑り落ちながら楽しく下降していく。このあたりは本当に素晴らしいところだ。
 今日は朝から生憎の天気だが、さぞかし晴れていたならキラキラと眩いばかりのナメに酔い痴れていただろう。まもなく春川の出合だと判る地形のところで、どうにも越えられそうにない大釜小滝が立ち塞がった。まわりを見渡すが巻くには苦労しそうだ。何度か入れ替わり立ち代り突破を試みるが、真夏の日差しでもない限り釜には飛び込みたくない。仕方なく左岸を大きく巻くが、下降点を見い出し難く時間もかかってしまった。春川の本流は水量も多く、豊かな森に囲まれて滔々と優しく流れている。数十年前に宮内さんが亡くなった森下さんと、まだ生きている矢野さんと、3人で万滝を登った事がある。思い出すように、懐かしむように、宮内さんは問わず語るが、私には今の矢野さんしか思い浮かばず、山は変わらなくとも人は変わるものだと感心してしまう。
 噂の亀甲模様の沢床に見惚れながら下っていくと、どう言う訳か魚影が虎毛沢に比べて格段に薄いと感じた。今山行では、出発前から須藤さんには無言のプレッシャーがかかっていた。4人×1匹を2晩分確保することが最低条件のように茶化されていたところへ、昨夜の食事には1匹も拝むことが叶わなかったからなおさらだ。三滝と呼ばれる十字峡が滝となって眺められる美しい場所に到着し、泊まり場とした。この夜は遅くなってから煌々と月が照り、素敵な時間を過ごせた。とりわけ須藤さんが意地を見せた「ちっちゃな岩魚」1匹と、まさかのために用意してくれた代用の「イワシ」の燻製には舌鼓であった。

西ノ又沢 最終日は天気も回復してきた。朝飯を頂いてから散歩と称して、三滝の左岸に流入する西ノ又沢に分け入ってみた。出合の滝を越えると、延々とナメが続いている。一体このあたりの地質はどうなっているんだ。まだまだ白眉のナメ帯が隠れているのだろうか。幕場に戻り下山とするが、春川本流のどこまでも続く河原歩きには閉口した。途中から春川の右岸に存在するらしい踏跡は確認することはできなかったが、いつ頃の物なのか古びた石垣だけが残っていた。
 やがて入渓時に驚いた旧い橋げたが残る虎毛沢の出合に着く。橋げたはいつからこうして取り残されているのだろう。とても不思議な光景だ。昼頃に大湯の駐車場に戻り、阿部旅館で汗を流して帰った。
 開通したての花山峠線では痛々しい崩壊の傷跡がそこかしこに望まれ、付け替えられた新道付近では地元の人だろうか、たくさん訪れており、誰もが沈痛な表情で山々を眺めていた。そこには自然に対する畏怖や驚嘆や諦観が見て取れる。どんなに恐ろしい力が栗駒山を襲ったのかと思うと、大自然の前には人なんて無力に等しいんだなと思う。
コースタイム
9月18日 大湯8:40 田代沢9:40 二俣10:40 虎毛沢入谷11:10 赤湯俣沢13:10 (仮称)前森沢14:20 ゴルジュ抜け〜左岸泊16:30
9月19日 7:00発 二俣7:50 三俣8:50 コル9:50 懸垂11:30 二俣12:10 12:50から巻きに入る(1:00) 万滝沢出合14:15 三滝15:30泊
9月20日 8:00発 虎毛沢出合9:30 駐車場11:30