木曽御嶽山・兵衛谷

2010年8月18日〜20日
遠藤徹・宮内夫妻

 毎年、計画の候補に上げながら叶えられないルートがある。私はこれを「繰越リスト」と呼んでいる。「繰越リスト」は昔若いときにはたくさんあった。でも、歳をとって行くと「繰越リスト」は少なくなっていく。今回の兵衛谷は、私が中高年と呼ばれる年代になってからの「繰越リスト」の常連であった。いつまでも残しておくと志向が変わるか、或いは体力技術が衰えた言い訳を「志向が変わった」ことにして「繰越リスト」から外れることになる。だからそういう意味では少し焦っていた。
 初日の朝6時に木曽御嶽山の中腹にある濁河温泉までタクシーの迎車を予約した。従ってなにがなんでも前夜のうちに濁河温泉まで行かねばならない。やっと実行に漕ぎ着けた計画にはおのずと気合が入る。南武線の谷保で宮内さんたちと落ち合い中央道を伊那に向う。「権兵衛トンネル」と「チャオスキー場」までの道路やトンネルが整備されていなかったら、遥々東名から岐阜まわりとなり、とても4〜5時間で届く距離にはならないだろう。一昔前であったなら、この計画には更に1日の余裕が欲しいところだ。

 8月18日、眠い目をこすりながら、タクシーで巌立公園まで向う。タクシー代12000円は、初めに聞いたときは高いと感じたが、あまりの距離の長さに考えを改め、決して高くはないと納得してしまう。同時にこの距離を沢から戻るのかと思うと気が滅入った。巌立公園で準備を整え、椹谷を少し下り濁河川との合流点から入渓する。渡渉と言うよりこれはもう滔々と流れる大河の横断である。
 と言う訳で意気込んで入渓した兵衛谷であったが 結果的に3日で御岳の山頂に届くことが叶わず、途中の材木滝から濁河温泉までエスケープする羽目となった。原因は幾つか考えられた。宮内さんは@足が揃っていない、A取水堰が点検のため取水していなかった。ことを挙げた。@は慣れていない奥様の存在を示しているのか、私が足を引っ張ったのか判然としない。しかし要所要所では宮内さんの的確なルートファインディングと果敢なクライミングで標準的な行程から遅れているとは思えないし、千衣子さんも持ち前のパワーでしっかり歩いていたと思う。むしろ運動不足の私の方が付いて行くがやっとの有様であった。
 しかしながら兵衛谷と濁河本流との二俣まで5時間以上かかってしまった。早い記録だと3時間弱というのもあり、初日午前の進捗で完全遡行を諦めざるを得ない雰囲気となってしまった。もとより3日間での計画は、どの記録を見ても慌しく、技量のあるパーティでないと下山の時刻が相当遅くなることは予想された。
 初日の目標であった取水堰付近までは到底叶わないと判断するが、曲り滝前後のゴルジュに突っ込んでしまうと泊まり場に苦労するのではないかと考えあぐね、3mのシャワー滝の手前で早めの終了とした。
 この滝、記録の中には、泳いで取り付いたというのもあるが激流を眺める限りとても考えられない。ここは朝から気合を入れて、右岸のバンド状から1mほどロープにぶら下がって洗濯機の中に入り、流されないうちに怒涛のシャワークライムで這い上がった。曲り滝を過ぎて、1箇所、ゴルジュの奥に深い釜を伴った小滝がかかり、左岸からゴルジュ側壁を伝い突破を試みるが、その先で千衣子さんが進めなくて戻った。ここで1時間半ほどロスし右岸を巻いた。すると前方に、この場所には不相応な風体の一団が現れ唖然とした。近づいて聞くと地元の小坂町がNPO法人の形式で運営している滝巡りのツアーガイドであった。
 ガイドの1人が言うに「いつもなら長靴(?)で渡渉できるところも簡単には渡れない水量だ」との話にはこちらも驚いた。それにしても全くの観光客を連れて一体どこから入ってどこから抜けるのか。その後、小滝の登りや、側壁のヘツリ部分に真新しい鉄製の足場や鎖が整備されていることが谷全体にわたり数箇所確認できた。家に帰ってからホームページを調べてみたら、難易度に応じた滝めぐりツアーが企画されていた。まったく「ヒョエ〜(兵衛)!」と言いたくなる。
 ガイドさんの案内でお客様たちが18m直瀑の写真を撮っている脇を抜け、我々は左岸に見える岩のトンネルから巻いて滝上に出た。この先で楽しみにしていた出口の無い滝に辿り着くが、水量が多く、オーバーフローしていた。同じ御嶽山にある鈴ヶ沢でも同様の地形があったことを思い出す。このあたりは水の浸食に弱い岩質なのだろうか。やがて待望の取水堰となるが、ゲートが大きく開かれて全ての水量が取水されず下流へと流れていた。ゲートをそのまま潜ろうかと進むが、水圧が強く左岸から巻く。
 河原とナメを進むと左岸から石楠花沢が合わさり、長い歩きに疲れた頃「猛爆」が現れる。どこかのweb上の記録で「猛爆」と表現されていたが感心するほど言い当てている。記念写真を撮るが風圧と飛沫で吹き飛ばされそうだ。左岸から巻きあがり、少し進んだところで2日目の泊まり場を求めた。
 最終日。御岳の山頂は諦め材木滝までの行程とする。巾広の小滝を超えて登れない20mの直瀑を迎える。ここの巻きは厄介だと報告されているが、下から観察する限り右岸から行くほうが容易そうにも見える。元気だったら冒険もしたところだが、どうゆう訳か今回はとても疲れている。トポに従い左岸のボロルンゼから上り、不明瞭な踏み跡を辿って行くとお約束どおり、登れない滝の手前に降りてしまいそうになった。再び巻き上がりやっとのことで15mほどの直瀑の上に立つ。このあたりの高巻きに手こずる大滝群も、やがては「滝めぐりツアー」のメニューとなって簡単に巻ける日も遠くないかもしれない。残念な気持ちもあるけれど、今、目の前にあれば大歓迎に違いない。
 美しいナメを過ぎると噂に聞いていたブリッジ滝に到着する。ここも楽しみにしていた奇抜な自然現象だ。どうしたらこんなことになるのだろう。ここは私がトップを行く。小さな釜から泳いで取り付くが易しい登りだ。ブリッジを潜って滝頭で後続を確保する。このあたりの褶曲した岩質には目を見張るばかりだ。大昔に大爆発をした木曽の御嶽山が作り出した大自然の造作であろう。この上で現れる20m滝も困難な高巻きが記録されている。右岸のルンゼを詰めて行くと、絶対に登りたくないボロ垂壁にトラロープが揺れていた。千衣子さんが「私には無理」と首を振る。どう見ても俺にも無理だ。「こんなときこそ作られていないかなぁ」と右岸下流を見やると立派な「道」がリボンに導かれて設置されていた。やはり着々と準備は進んでいるみたいだ。かなりの大高巻きだがヤブ漕ぎではないからとても楽である。この上から優雅なナメが続きしばしの安息となるが、ほどなく材木滝となって今回の行程を終えた。材木滝からは一般道が濁河温泉まで続いている。材木滝の近くには自然湧出の野湯があると聞いていたので楽しみにしていたが、とても小さくて、なおかつ汚れているため入浴はできなかった。
「リベンジしようかな、どうしようかな」宮内さんは「谷の魅力なら他にもたくさんあるけれど、3000mの詰めは捨てがたい」と話す。2人で濁河温泉の日帰り入浴の浴槽に浸っていると「ここの泉質はいいねぇ、気に入ったなぁ。この温泉には再訪したいね」となり、また機会があれば来ることになるだろう。
コースタイム
8月21日 巌立公園7:30 一ノ谷12:30 兵衛谷との二俣13:00 曲滝手前のゴルジュ入り口15:00(泊)
8月22日 6:50発 曲滝先8:30 ゴルジュを断念して戻る10:40 岩のトンネル上11:20 取水堰12:40 石楠花沢14:10 猛瀑上14:40 15:50(泊)
8月23日 7:00発 溶岩ブリッジ9:10〜9:40 大滝10:00 材木滝11:10