GW紀伊半島の沢旅
「南紀・熊野川立間戸谷」編

2011年5月2日
須藤功・遠藤徹・松倉淳
記:須藤 功

 出合は何とも妙な感じだった。熊野川に直接注いでいる谷、地形図では谷となっているが、谷幅から見ればやはり沢というべき気がするのだが、熊野川沿いに走る林道が跨ぐ立間戸谷(たてまどだに)の橋からは全く水が見えず、完全に沢床は渇いている。こんな出合からは、南紀の豪快な滝があるとは、全く想像できなかった。
 1日目は流程の3分の1程度行ったところに適当な幕場があるということで、そこまで松倉さんにテントを担いで頂いて行くこととする。右岸に登山道があり、その入口にはどこの山にもある木でできたポストがあり、登山カード(届)を入れるのかと思ったら、開けてビックリ、この登山道の詳細な地図、しかもコーティング紙でできたものが置かれてあった。
 立間戸谷は熊野川の左岸を西から東に伸び、子ノ泊山(906.7m)に詰め上げる沢なのだが、地形図には登山道は幕場としている辺りまでしか記されていない。なのにこの地図には沢から尾根をつたい子ノ泊山へと辿る登山道が詳細に記されている。思わぬものを戴き登山道を進み、1時間半ほど歩いて、15時過ぎには目標の幕場に着く。例の地図には“ケヤキの大木”と記されているポイントで、確かにそれはあり、川原と言ってよいほどの広い場所である。
 遠藤さんと松倉さんには、申し訳ないが、設営をお任せして、須藤は釣りへと上流へ向かう。2時間半程、竿を振るがあまごの稚魚と思しき10cmほどの雑魚がかかってはリリースの繰り返しばかりで夕餉になるものは全く釣れない。沢中での釣れない釣りは、同行される皆さんには申し訳ないばかりである。釣行為をしている本人はそれでも初めての南紀で竿を振っているだけでも満足なのだが……。幕場に戻る頃には、天気予報通りに雨が降り出す。遠藤さんにビールをいただき、お2人に作って頂いたカレーを頬張る。どちらも臓腑に沁み旨かった。20時前には早々とテントへしけこむ。雨脚は強くなるばかりで、テントから雨漏りがする。何もすることなく寝入る。
 翌朝、起きると青空が見え清清しい。テントや寝具を残し、6時過ぎに遡行を始める。始めに出くわす3、4mほどの滝は左岸にトラロープがある。そこを越えて100m程のところに右岸から高さ30mはあろう滝が豪快に落ちている。直登も巻きもかなりやっかいそうで、本流ではなくホッとする。遡行を続けるとこれに負けず劣らずの滝に2本出くわす。素晴らしい眺めであり、これが正に南紀の滝なのだろう。どちらも巻いたが、高さのあるリッジ状のところもあり、気が抜けない。それらを過ぎると登山道と交差するところに朽ちた山小屋跡がる。明るい日差しの中で小休止していると、森の中からひょっこりと80を過ぎていらっしゃいそうなご老人が現れてビックリである。この方とは前日に幕場への登山道で、ご夫婦で下山されている時に出会っていたので余計に驚いた。前日はこの小屋跡にも来ることができず、折り返したとお聞きしていたが、まさか再び今日はお1人でリトライされるとは思いもよらない。遠藤さんと松倉さんがお話すると、お若い頃は相当健脚だったご様子である。
 お別れして再び遡行すると今度はうって変わってナメの連続、というよりひたすらナメが延々と続く。沢幅は5mほどで広くはないが、左右を新緑の木々のトンネルに囲まれ、とても気分がいい。いつしかナメも終わり、水が枯れ林道に飛び出たところが子ノ泊山の山頂のすぐ下だった。山頂に着くと12時を過ぎたあたりで、一休みして登山道を下山する。登山道だから安心と思っていたら、これがとんでもない登山道で、極めて悪い。道は不明瞭で足場のきびしいところの連続で、すべって落ちたらどうにもならない。丹沢、奥多摩など関東の登山道ではあり得ないところである。肝を冷やしながら下山し、幕場について安堵しソーメンを食べた。
 流程は長くないが、短い中に、スケールの大きい滝がかかり、釜も大きく、またそれらとはガラリと変わるナメもあり、とても不思議な、魅力のある谷だった。
 今回のGW山行では3本の沢を遡ったが、どれも水がとても澄んで綺麗な色をしており、滝は豪快で、関東や東北とは趣が異なりとても新鮮だった。

写真は上から、もらった地図/ケヤキ平幕営地/これが南紀の滝だ!立間戸谷・牛鬼滝60m/熊野川立間戸谷・源助滝